ジャンガリアンハムスターの名前の不思議

2021/04/08

ハムスターの生態 ハムスター知識

 皆さんは『ジャンガリアンハムスター』と言う一般名称が実は世界で統一されていないことを知っていましたか?日本人が認識しているジャンガリアンハムスターは北米ではウィンターホワイト(Winter White)と呼ばれており、国や人によってはジャンガリアンというとキャンベルハムスターを指すこともあったりもします。これを知らなかった僕らは、ハムスターと暮らし始めた当初、キャンベルについて調べようとし、色々と混乱しました。そして、これが僕らのハムスターについてもっと勉強する原動力になりました。


 この話は実は以前にドワーフハムスターの種類の記事に書いたのですが、前回改正した時に文章が未熟で、内容ともあまり関係がなかったため、いつか個別記事として書こうと思い省きました。そして、先日ツイッター上でのやりとりで話題に上がったので、これを機にまとめ直すことにします。

 ジャンガリアンという呼び名(一般名称)については昔、学者内でも混同されており、これに業を煮やしたドイツのシュタインレヒナー教授によって"Djungarian hamster and/or Siberian hamster: who is who?"と題した論文が書かれました。僕はこの論文との出会いで、ようやく混乱の根源が理解できました。

 今回は内容をわかりやすく読んでいただくために、日本でジャンガリアンと呼ばれてる種は全てウィンターホワイトと表記し、キャンベルはそのままキャンベル(ハムスター)で書いていきます。この後の文でジャンガリアンと出てくる時は”名称”であり、皆さんが慣れ親しんでいるジャンガリアンハムスターのことではない事を頭に留めておいてください。


論文の概要


 ウィンターホワイトの亜種と考えられていたキャンベルハムスターが、1984年に別種と認定され、それぞれにPhodopus sungorusPhodopus campbelliという現在の学名が与えられた時、学者によって一般名称の使い分けがバラバラになったため、この2種の混同が始まりました。

 学名をつける時は決まりがあり、それに沿った名前を1種につき1つ与えます。しかし、一般名称にはその様な決まりがなく、学者が自分なりの解釈で理にかなう使い方をできてしまうのです。そのため、個々の解釈でキャンベルハムスターをジャンガリアンと呼ぶ人もいれば、ウィンターホワイトをジャンガリアンと呼ぶ人も出てきたのです。しかし、この使用方法では学術論文に於いて、どちらのハムスターについて記述しているのか分かりづらかったため、シュタインレヒナー教授が論文では学名Phodopus sungorus(ウィンターホワイト)Phodopus campbelli(キャンベルハムスター)で統一して書く事を促しました。

 学名を『戸籍上の名前』で一般名称を『あだ名』と考えるとわかりやすいかもしれません。戸籍上の名前は1つしかありませんが、あだ名は知り合いによって呼び方が違ったりしますよね。例えば山田くんを『山ちゃん』と呼ぶ人もいれば、『やまっち』と呼ぶ人もいるけど、結局は2人とも山田くんのことを意味している感じです。

混同の根源


 ジャンガリアンハムスターという一般名称の混同の根源は、元々キャンベルハムスターがウィンターホワイトの亜種だと考えられていた事から始まりました。亜種は生息地域などにより形態的、生態的に微妙に異なるが、別種とするほどの違いがない種になります("亜種名における三名法"『生物の名前と分類』より)。ですから、この時点ではどちらをジャンガリアンと呼んでもとりわけ問題はありませんでした。

 これが1984年にK.W. ワイン=エドワーズ博士によって『骨格的にも行動的にも別種と判断するのが妥当だ』と発表され、ようやく2種が別種だと認定された時に、学者によってどちらをジャンガリアンハムスターを呼ぶかの判断が割れてしまいました。

 キャンベルとウィンターホワイトは別種と発表したワイン=エドワーズ博士自身は、キャンベルをジャンガリアンと呼び、ウィンターホワイトをシベリアンハムスターと呼んだのです。と言うのも、実はキャンベルハムスターの分布地域の中心がアルタイ山脈の南東(ジュンガル地方)にあるモンゴル周辺なのに対し、ウィンターホワイトの分布地域がシベリアの南西でカザフスタンの北東だったからです。しかし、学者によってそれまでの一般名称・ジャンガリアンを大元(模式亜種と言います)のウィンターホワイトに対して使うのが妥当だとして、ワイン=エドワーズ博士とは逆にウィンターホワイトこそジャンガリアンだとして使う人もいたのです。

 シュタインレヒナー教授は、『もし、ジャンガリアンと言う既存の一般名称ではなく、新たにモンゴリアンハムスター(キャンベル)とカザフスタンハムスター(ウィンターホワイト)と、新名称で呼んでいたらこんな混乱は起きなかったのでは?』と見解しています。

 因みに、教授自身は『僕は1977以降(1998年まで)に執筆した論文全てウィンターホワイトをジャンガリアンと記してきたが、別にこれを直す意味はないと思ってる』と少し強気な発言をしています。
※トフィーの発言は間違ってるので混乱しないでください(笑)

現在の北米・ヨーロッパでは

 現在の北米ではウィンターホワイトに対してジャンガリアンの名称はあまり一般的ではありません。ジャンガリアンと言ってもよくわかってない人や、ワイン=エドワーズ博士の名残でキャンベルと思っている人もたまにいます。このため、僕も最初の頃、色々と混乱してしまいました。対してはキャンベルは他にRussian Dwarfと呼ばれる事が多いです。僕の地域でハムスターを販売している、大手ペットチェーン店では学名もちゃんと表示されていて少し感心していますが、小さい個人経営の店では間違った表示をされていることも多いです。保健所では残念ながら正しい表示がされていることは殆どありません…(これはキャンベルに限らずシリアンやロボロフスキーでも)

 インスタグラムを見ているとヨーロッパの方ではジャンガリアン=ウィンターホワイトと理解してる愛好家さんもいたりしますし、寧ろ、日本と同じこの呼び名の方が一般的な国もある様です。

論文からの豆知識


学名の由来


 Phodopus sungorus(ウィンターホワイト)Phodopusの由来はギリシャ語の『phos(水ぶくれ)』と『pous(足)』を組み合わせてできたもので、Sungorusは『Sungaria』に由来します。Sungariaはジャンガリアンの語源になるDjungaria地方の別のスペルで、他にDsungaria、Zungariaなどと綴られることもあります。よってPhodopus sungorusは『ジュンガル地方の水膨れの足』と言うなんとも面白い名前なのです。一方、現キャンベルは当時Phodopus campbelliと後半がモンゴル中央でキャンベルハムスターの捕獲に尽力したW.C. Campbellさんを称えて付けられました。

 学名を見ると、生息地域こそ間違っているものの、ウィンターホワイトの名前にすでに『ジュンガル』の意味が入っているので、ウィンターホワイトをジャンガリアンと呼ぶ選択は間違った考え方ではなかったのかもしれませんね。

別種としての研究報告


 世界的には1984年まで亜種と考えられていたウィンターホワイトキャンベルですが、実はロシアでは1967年と1979年に別々の研究グループから、染色体形態の観点や、この2種を掛け合わせた時に、生殖能力のないオスが生まれたことから、生物分類学上で別種だと言うことがすでに報告されていたのですが、報告書がロシア語で書かれていたため長い間日の目を浴びなかったのです。

おわりに

 日本ではジャンガリアンという一般名称が浸透しているので、結構意外だったのではないでしょうか?生態系などに関する論文は英語や別言語がほとんどで、日本人には読みづらいかもしれませんが、これを機に少しずつ挑戦するのも面白いかもしれません。

 僕もまだ手をつけていませんが、知り合いからハムスター好きには興味をそそる論文がいくつか送られてきたので、時間を見つけて読んでみたいと思います。